Friday, November 13, 2020

15日に宇宙へ。野口さんも搭乗、イーロン・マスクの「民間宇宙船」が世界の期待を集める理由…そのあまりに苦闘の道のり - Business Insider Japan

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提供:スペースX

2020年11月15日9時49分(日本時間)、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の野口聡一宇宙飛行士は、民間開発による宇宙船の運用1号機に初めて搭乗する宇宙飛行士として、テスラCEOのイーロン・マスク氏率いるスペースXの新型宇宙船「クルードラゴン・レジリエンス号」で国際宇宙ステーション(ISS)へ出発する。

野口宇宙飛行士によれば「回復」を意味するレジリエンスは、スペースXという企業の特徴でもあるという。開発中にトラブルが起きたとしても、スペースXの技術者たちはエンジニアリングセンスを発揮して克服する道を見つけてきた。

長年にわたって支援してきたNASAは、こうした流儀をスペースXがインハウスの開発で培ってきたものと評価している。

設立から20年に満たない企業が、一体どうやって名だたる航空宇宙企業を圧倒し、有人宇宙船の開発を進められたのか? スペースX最大の支援者であり顧客であるNASAの民間支援計画を通して、その歩みを振り返る。

「低価格ロケットを」無理難題からスペースXは生まれた

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アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスにあるスペースX本社。

Shutterstock / Sundry Photography

Space Technology Corporation(スペースX)の設立は2002年5月。イーロン・マスクは将来、火星移住ができる宇宙船構築を目指してロケット開発に乗り出そうとしていた。前年にロシアへ渡航し、ロケットエンジンの購入を持ちかけた。

しかしロシアとの交渉は成立せず、帰国したマスクは航空宇宙企業TRW(現:ノースロップ・グラマン)のエンジニア、トム・ミュラーを引き抜いて自社製エンジンによるロケット開発を始めた。

当時、低コストロケットが市場でも、政府衛星の打ち上げでも求められる中で、最初にスペースXの顧客となったのがDARPA(アメリカ国防高等研究計画局)だった。

小型衛星を短期間で打ち上げる能力を求めて、2機の小型衛星の打ち上げを契約し、スペースXを支援した。だが、この2機は打ち上げに失敗した。DARPAからの資金はそこで尽きた。

スペースXを支えた、NASAの「民間宇宙輸送調達計画」とCOTSの始まり

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ファルコン9ロケット。

Shutterstock / Sundry Photography

アメリカでは2000年、「ファスター・チーパー・ベター(Faster Cheaper Better)」のスローガンで知られる当時のNASA長官の元で、低コストで信頼性の高い「再利用型宇宙輸送システム」を民間企業と共に作り上げる方針が決まる。

完成したばかりの国際宇宙ステーション(ISS)への宇宙輸送システムを民間から調達するという「スペース・ローンチ・イニシアチブ」だ。

2004年に当時のブッシュ大統領は、NASAが有人月・火星探査計画「コンステレーション計画」に注力し、ISSへの輸送に民間の力を取り入れる指針を示した。

スペースX設立から3年後の2005年、NASAは予定されていたスペースシャトル退役に備えて、民間企業から物資や宇宙飛行士を地球低軌道まで輸送する能力を調達するための育成計画を始めた。

翌2006年に「Commercial Orbital Transportation Services (COTS)」となったこの計画は、DARPAに代わってスペースXを大きく育てたパートナーになる。

NASAのとった方法は「宇宙船ではなく、チケットを購入せよ(Buy a Ticket, Not a Vehicle)」というものだ。NASAは、求める宇宙輸送能力の要求を提示する。参加する企業は要求を満たせるならば、独自のコンセプトでロケットや宇宙船を開発できる。

ただしNASAの資金には上限があり、開発が難航しても無制限に資金を注ぎ込んでもらえるわけではない。

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2015年にFalcon 9第1段の帰還・回収に成功。スペースXのロケットが打ち上げ後に戻ってくる様子は打ち上げ中継ですっかりおなじみになった。

提供:スペースX

2005年10月、COTSの元で企業からの応募が始まり、実績ある宇宙企業も含めた20の企業が名乗りを上げた。2006年8月、最初に選定されたのが、スペースXとロケットプレーン・キスラー社(資金難から開発は途中リタイア)の2社だった。

スペースXはドラゴン補給船とFalcon 9ロケットの開発に2億7800万ドル(当時の為替レートで約322億円)、ロケットプレーン・キスラーは2億700万ドル(同約240億円)の開発費を受け取った。ISSへの補給船の開発目標は、2010年まで。期間にして4年だ。

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ドラゴン補給船をカリフォルニア州の本社から送り出すスペースXのエンジニアたち。

提供:スペースX

スペースXが選定された当時、同社はまだ最初のロケットFalcon 1の飛行実証を成功させていなかった。Falcon 1は3回目の実証まで打ち上げに失敗。2008年9月に実施された4回目の飛行実証に成功したのは、まさにギリギリの出来事だった。

ここで失敗していたら、スペースXの名前は、NASAの計画から消えていたかもしれない。

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NASAの商業貨物輸送(CRS)プログラムでISSへ貨物を届けるドラゴン輸送船。

提供:スペースX

2年後の2010年6月、Falcon 1で培った第1段の「マーリン」エンジンを発展させ、9基束ねたスペースXの主力ロケット、「Falcon 9」の初飛行が実現した。

NASAは、海軍の艦艇に飛行データ取得用のレーダーを乗せてその成果を見守った。さらに同年12月、ドラゴン補給船の飛行実証が行われ、カプセル型の補給船は大気圏再突入、海上への着水、回収まで成功した。

スペースXは創業から6年間、Falcon 1の成功までは苦しみながらギリギリの資金で開発を続けたが、そこからわずか2年でNASAの要求に応える企業へと成長していった。

ちなみにこのとき、実証機のドラゴン補給船に搭載された貨物は、イギリスのコメディ「モンティ・パイソン」のスケッチ「チーズ・ショップ」にちなんでチーズの塊だった。

「民間部品」の流用で低コスト化を極めたスペースX

スペースXの早さと低コストを両立する開発手法について、NASAは「オフ・ザ・シェルフ」部品を活用していると見ている。

オフ・ザ・シェルフとは、航空宇宙用ではなく工業用の部品を使ったり、コモディティ化した(枯れた)技術を用いるコストダウン手法のことだ。

例えば、スペースXの逸話としては、マーリンエンジンに1960年代のアポロ計画で確立されたシンプルな燃料噴射方式を採用してコストと信頼性を両立させたエピソードが有名だ。

そのほか、ロケット内部のフライトコンピュータ同士の接続に汎用のイーサネット規格を使ったり、クルードラゴンの宇宙飛行士のシートベルトとしてNASCARの5点ハーネスを取り入れたり、細部まで民生品利用を徹底しているという。

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2014年当時、開発中のクルードラゴン宇宙船の内部。シートベルトにレースカーで実績のある5点ハーネスを採用するなど、オフ・ザ・シェルフ技術を取り入れていた。

提供:スペースX

こうした開発手法は、失敗することもある。

ドラゴン輸送船がISSへの貨物輸送に成功した3年後の、2015年6月、7号機の打ち上げ後、Falcon 9ロケット第2段の爆発が起き、ISSへの積荷ごとドラゴン輸送船が失われた。

この事故原因はまさに「オフ・ザ・シェルフ」によるものだった。

NASAの独立調査チームによる報告書では、スペースXがロケット第2段で液体酸素タンクの固定に使用していたボルトは、航空宇宙用ではなく工業用のものが採用されていた。極低温環境などを模擬した試験はしておらず、ボルトの破損が事故につながったとされている。

有人宇宙輸送の実現へ

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スペースXを率い、電気自動車のテスラ社長でもあるイーロン・マスク氏。2018年には、ZOZOの前澤友作社長(当時)と月周回旅行の契約を結んだと共同発表もした。

出典:スペースX

スペースXは手痛い失敗を経験しながらも、2010年にオバマ政権下で正式にスタートしたCOTSの第2段階である有人輸送計画に加わった。スペースXのほかには、ボーイング、シエラネバダ・コーポレーションが開発計画に参加した。

2011年のスペースシャトルの最後の飛行後、スペースXは“アメリカ発の宇宙船に搭乗してきた宇宙飛行士だけが手にすることができる”というメッセージと共に、ISSに掲げられた星条旗を手に入れると宣言。

2014年にはボーイング、スペースXの2社が宇宙船開発企業としてNASAに選定され、スペースXは26億ドル(当時の為替レートで約2789億円)の開発費を受け取った(なお、ボーイングは42億ドルを受け取った)。この資金を使い、スペースXは、カプセル型で7人が搭乗できる「クルードラゴン」宇宙船を開発した。

計画では、2024年までに12回、述べ48人の宇宙飛行士をISSに送る目標となっている。

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2015年の開発中のクルードラゴン宇宙船

提供:スペースX

とはいえ開発は予定通りに進まず、2017年の初飛行目標からは大幅にずれ込んだ。スペースX側の開発で大きな遅延の要因になったのは、2016年9月に発生したイスラエルの通信衛星AMOS-6打ち上げ準備中の爆発事故だとされる。

同様の事故が再度起きる可能性があるため、スペースXはFalcon 9ロケットの2段目の設計変更と推進剤充填手順の改善を余儀なくされた。

苦しみながらも2019年3月に有人宇宙船「クルードラゴン」を完成させたスペースXは、大きなマイルストーンである「無人飛行試験」を実施、宇宙船はISSまで無事に飛行し、自動ドッキング機構もすべて正常に動作した。

その後、クルードラゴンの飛行中断システム試験中に火災が発生するなど改善に時間をとられつつも、問題を解決していった。

2020年5月末、クルードラゴン宇宙船は「エンデバー号」と名付けられ、9年ぶりにアメリカ国土から打ち上げられる宇宙船として打ち上げ成功。約3カ月のISS往復フライトを無事に終え、このほどの野口さんを含む「本格的な宇宙飛行士輸送」にのぞむことになった。

「クルー1打ち上げ」のあとに控える、さらなるチャレンジとは

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NASA/Bill Ingalls

日本時間2020年11月15日早朝、JAXAの野口聡一宇宙飛行士とNASAの人の宇宙飛行士が搭乗する、クルードラゴンの運用1号機「クルー1」ミッションの打ち上げが行われる。

スペースXにとって大きな目標達成となるクルー1打ち上げだが、同時にもう一つのチャレンジが、運用2号機「クルー2」に向けて進められている。

それは、「クルードラゴン宇宙船そのものの再使用」だ。5月の初有人飛行試験で使用したエンデバー号を改修し、今度はJAXAの星出彰彦宇宙飛行士が搭乗する2021年春のフライトに使用する。

クルードラゴンはより多くの経験に裏打ちされ、確かな宇宙輸送システムとして成長していく。

その大きな第1歩が、15日早朝の打ち上げの成功、そこにかかっている。

(文・秋山文野

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