持ち家を売却した経緯から「家は買った方が得か、借りた方が得か」を考える稲垣さん。今回は自宅を売って借家生活を選択した理由について語ります。 * * * 結局、家は借りるより買ったほうが得というのは、不動産が常に値上がりを続けるという特定の時代のシロモノなんじゃないかというのが私の結論である。確かにあの時代は、無理してでも一旦買っちまえばその後の人生どう変化しようが、それを高く売って良い家に住み替えれば良かった。リスクほぼゼロ。でもそんな手品みたいなことはどう考えてももう起きない。ならば新しい時代の新しい考え方を、自分のアタマで考えなくちゃいけない。 私がおかしいと思うのは、このように時代はあまりにも劇的に変わったのに、買うのが得か借りるが得かなんてことが「永遠のテーマ」などと言われていることだ。永遠なんかじゃない。これは実に新しく未知の面白いテーマである。これをどう考えるかで、あなたの人生はきっと変わる。どこぞの利害関係者のセールストークに振り回されてる場合じゃありませんよ。 ダメ押しとして、私が老後を目前に借家生活を選択した最大の理由の一つを書いておきたい。 いうまでもなく、不動産を墓場まで持っていくことはできない。私のような独り者の場合、子孫に残すこともない。ならば死後それをどうするか。死ぬ前に寄付したり売ったりする段取りを取らねばならぬことになろうが、それはそれで多大なるエネルギーが必要になるだろう。そんなことをリアルに考えてみると、何かを買うだの所有するだの言っても、それは幻のようなものだ。たかだか何十年かの時間、どこかに住む権利を得ているだけのこと。ならば買うのも借りるのも結局どこに違いがあるというのか。 老後不安が叫ばれる世の中、お金も物も溜め込むのが不安解消の道と多くの人が言う。でも本当にそうか。身に余る財は人を疲弊させ孤独にもする。そしてこれから私も年をとり、いま所有しているものもどんどん使いこなせなくなっていくだろう。真の安心とは身の丈にあった暮らしではと思う今日この頃。欲も物もエネルギーがあるうちに減らしておきたい私である。 稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行 ※AERA 2021年6月21日号
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