Saturday, September 4, 2021

2021.9.4みすず野 | 連載・特集 | 株式会社市民タイムス - shimintimes.co.jp

 取材先で資料を借りるときがある。最近は数枚ほどの文書なら、スマホで撮影するという方法があるが、量が多かったり書籍だったりするとそのまま借り、記事にした後、返却する。それが貴重な資料だと、借りるのをためらうこともある。できるだけ早く返却するのはもちろんだ▼歴史学者の網野善彦さん(1928~2004)は、戦後の混乱期に漁村の文書を借用、寄贈などの方法で収集し、資料館設立を計画した水産庁の研究所に勤務する。全国から大量の資料が集まったが、事業は打ち切りに。後始末を託され、40年かけて資料返却に全国を歩く。『古文書返却の旅』(中公新書)に記す▼油じみた1冊が本棚にある。魚料理店を営む店主が、取材後に貸してくれた。10人ほど料理人を紹介したうちの一人として店主が掲載されている。調理場に立てかけてあり、取材と直接関係なかったがお借りした▼そろそろ本を返さなければと思い始めたころ、店主が急逝された。返却のタイミングを失い、長い年月が過ぎた。店はご子息が継ぎ、店構えが大きくなった。年に数回は客としてのれんをくぐる。いつ返却しようかと迷いながら。

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