遅くても12月7日(月)に結論が出るだろう、8日(火)では本当にギリギリすぎるという日程だったのに、結論が出る気配すらない。
暗雲がたちこめるどころか、暗雲で覆い尽くされている。
「きっと月曜日には」と思っていたのは、筆者だけではない。フランスの公共メディア「France Info」は、月曜日ネット上で、ブレグジットの特別ページを設け、1日中文字のライブをやっていた(一つのページで、ニュースが飛び込んで来るたびに、どんどん上に追加していく形のもの)。完全に肩透かしをくらった。
ここ数日、何が起こったのだろうか。
「英国は頭に血が上った」と
金曜日(12月4日)が終わろうとしていたときも、この月曜日と同じように「ああ、妥結しなかった」とため息をついた。
もし万が一、何か新たな最後の隠し球的な「提案」がイギリス側から出てくるとしたら、金曜日が本当に最後の最後だと思っていたが、何もなかった。
それどころか、聞こえてきたのは別の内容だった。
英政府が3日夜「土壇場で欧州連合(EU)が新しい要求を追加した」といってEUを非難しはじめたのだ。そのせいで打開する可能性が小さくなってしまった、と。
EU側は「そのようなことは、していない」と言って否定している。
あるEU当局者は英政府の声明について、土壇場で譲歩を引き出すための戦術だとして取り合わない姿勢を示したという。ロイターが報じた。
あるいは「自分たちが妥協するための隠れ蓑ではないか」という意見もあった。また、イギリスの言われなき「濡れ衣」は、確かに打開の可能性を小さくしたと評する意見もよく見られた。
何かの行き違いや誤解でなければ、EUの側が正しいと筆者は思う。
EUは27カ国も集まっている。散々交渉してきて議論は出尽くしているのに、そんなギリギリに新しい隠し球的な案が出てくるはずがないのだ。そういう小回りの効く交渉は、一国の小さい政府ができることだ。EUにできるわけがない。さらに今回は、欧州委員会と各国首脳との間にかなりの温度差があるのに。
EUから何か新しい最後の案を出すとしても、1週間も前、せいぜい先週の頭の月曜日(11月30日)とか火曜日(12月1日)あたりが限度だったのではないだろうか。
フランスの日経新聞Les Echosは冷静で辛辣な評を書いている。
イギリスの反応は「攻撃は最大の防御」としながら、英国は「頭に血がのぼった(coup du sang)」とした。
「英国の激昂は、本物であれ部分的に演出されたものであれ、ヨーロッパ人が優勢を取り戻したかに見えるメディアの報道の流れの中で、当然の成り行きだった。 実際、ここ1週間、複数のEU加盟国が、同じようなEU優勢のメッセージをマスコミに送っていた。彼らはマイクから離れた秘密の封印の会話では、お互いを脅しあっていたのだ。ヨーロッパ人はもう策の限りを尽くしていて、操縦の余地から遠いところにいるので、今後はイギリスが動く番である」
EU機関の首脳の反応
4日(金)には、ミシェルEU大統領は、合意にはEU加盟27カ国の承認が必要だとの認識を示したという。
ロイターの報道によると、同大統領は会見で「残念だが、交渉には想定よりも時間がかかっている。交渉は依然として継続している。現時点では、今後数日内に次のステップがどうなるかが判明する、という段階だ」とした。その上で「協議がまとまることを望むが、何らかの犠牲を払うべきではない。EUにとっては『公平な競争の場』が鍵となる」と述べた。
同大統領は、「合意はEU全体が受け入れ可能なものであることが重要であり、英国は社会・労働・環境面での高い基準に合意するかの決断が必要となる。「いずれか一方でも拒否すれば、合意はならない」とした。
そして次の日、5日(土)の午後、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長と英国のボリス・ジョンソン首相は、「いまの状況について議論した」。漁業や公正な競争、ガバナンス(紛争解決の手段)などの問題が残っており、それらを克服しない限り合意には至らないことで一致したという。
もともと欧州委員会の委員長は、国家の首脳のような大きな力はなかったが、デア・ライエン委員長は、一層力はないと思われる。
委員長が欧州議会でより民主的に選ばれるようになった一人目は、ユンケル前委員長だった。そのように「EU市民が選んだEU議員が選んだ委員長」という大きな制度変更があった上に、彼はEUの大物だったせいもあり、今後委員長は大きな力をもつのだろうかという兆しも見せた。
しかし、デア・ライエン委員長は、キャリアの点からも、選ばれた際の経緯や議決からも、就任して間もなくコロナ禍にみまわれた不運からも、存在感が薄い。
両交渉チームは、一時中断していた討議を6日日曜日に再開した。そして両首脳は8日(月)の夜に再び話をすることにした。
イギリス国内でつくられるストーリー
そんな中で、欧州側の反抗的な姿勢を最も明確に示したのは、フランスの欧州担当大臣、クレマン・ボーヌだった。
4日(金)の朝、「ヨーロッパ1」の取材に応じた大臣は、フランスはロンドンに親和的すぎる協定に、拒否権を行使することを躊躇しないことを断言した。「良くない合意があった場合は、我々は反対するだろう」と述べた。
またこれがイギリスにもろに届いて、フランスが敵視されて叩かれる結果となった。
イギリスの大衆紙『ザ・サン』は、「首相は今日7日、EUに、離脱を巡るフランスの要求に対して態度を変えないと述べる見込み。ただ首相府は、EUが『言語道断の要求』を変えなければジョンソン首相が交渉を終わらせるとしている」としているという。
つまり、EU離脱強行賛成派だった人々によってーーEUがとんでもない要求を突きつけてくるし、フランスがイギリスを脅すので、イギリスの主権を踏みにじるEUを嫌うたのもしい(?)ボジョは、相手の脅しに決して屈せず、毅然とEUを離脱するーーというストーリーが作られつつあるようだ。ヨーロッパ側から見れば、「なんだそりゃ」であろう。
イギリス側は、ワクチンに関しても「イギリスがEUを離脱したおかげで、我々はこんなに早くたくさんのワクチンを用意できたのだ」と叫んで宣伝する人たちがいる。
ハンコック保健大臣の「EU離脱のおかげだ」という発言を始め、リースモグ下院院内総務(閣僚級)もツイッターで「EUを離脱したから(審査に時間がかかるEUに比べ)迅速に承認できた」と豪語したという。
これは事実に反する。
確かにイギリスは、他のEU加盟国に先駆けて承認をした。しかし、ワクチンを承認した医薬品・医療製品規制庁(MHRA)のレイン長官は「EU法の(暫定承認のための例外的な)条項を使うことで認可できた」と説明した。英国は年末までの「移行期間」中は、EU法のもとにある。英国はきちんと法律を守っているのだ。
ただ、ワクチンをめぐる各国の思いは交錯している。英国に負けじと早期導入を誓う国や、副作用への不安などから躊躇する人への説得を試みる国、ハンガリーのようにEU一体での調達計画に抵抗してロシアのワクチンを模索している国などがあるという。
イギリスと大陸の受け止め方の違い
イギリス人は、ブレグジットの話題に心底疲れているという。何年にも渡ってブレグジットの話ばかり。
しかし、今フランスを見ていると、一般のほとんどの人はまったく関心がないように見える。真のブレグジットがもうすぐということも、多くの人は忘れているかもしれない。コロナ禍のせいはもちろんある。漁業の問題は比較的取り上げられるし、イギリスへの道筋が渋滞という話も出る。でも、「北のほう限定の問題」と思われている感じがする。
実際は、ドイツほどではなくとも、フランス経済も影響を受けるのだが、1国に過ぎないし、食料や資源などの必需品をイギリスに頼っているわけではない。貿易の補完性という点では大変薄い。英国のほうは、27カ国分、さらにEUが第三国と結んでいた条約全部を失ってやりなおしなのだから、立場が異なる。
フランスの拒否権発言は、確かにあまりにもはっきりした物言いだった。渦中の栗を拾って叩きつけたというべきか。
どのみち、英仏の2カ国は、14世紀の百年戦争(ジャンル・ダルクが最後に登場した戦争)から今までずっと、抱き合ったり殴ったりを繰り返してきたのだ(同時にうらやましい。日本にはこんな相手国は存在しない)。
それに交渉では、ギリギリのところで「殴りあう」と、思わぬ結果が出ることもある。日本人はもっていない、一つの高等技とも言える。もっとも、フランスもイギリス側と同じように、「本物か部分的に演出されたか」はわからないが、頭に血がのぼっただけかもしれないが。
週明けの様子は?
そして週があけて、7日月曜日。
ミシェル・バルニエEU首席交渉官と、英国のデビッド・フロストは、協議を継続していた。12月10−11日が欧州首脳会議なのは、絶対に動かせないのだ。(ちなみにブレグジットのためだけに集まるのではない。同じくらい大きな問題は、2021年から7年間の予算案を通すことだ)。
日曜日の夜から、漁業の話題で希望の光が見え始めていた。しかし、一部の情報筋が話したという、英『ガーディアン』が報じた漁業の妥協の見通しは、月曜日の朝には、双方ともに固く否定された。フランスの新聞では、実際には、日曜の議題にもなっていなかっただろうという見立てもある。
ただ、ヨーロッパの漁業者が、英国水域へのアクセスが維持される期間の長さに焦点が当たっていることが見えてきたのは、収穫だったかもしれない。
やはり漁業問題は、先鋭化して見えるものの、最大の問題は「公正な競争の条件の確保」である。ここが最大かつ本質の問題だ。
イギリスにとっては主権の、EUにとっては単一市場という統一の問題なのだ。1カ国だけが条件の違う、他の国々に不利で不公正な条件で単一市場に入ってくる可能性があることを、EU27加盟国が受け入れることはあり得ない。
国内市場法、とどめ(?)の一撃
7日月曜日の夜、イギリスの下院(庶民院)では、国内市場法の修正案を却下する採決をした。
参考記事:イギリスで「連合王国」解体の危機が起こっていた。「国内市場法」の波紋。
上院(貴族院)は、北アイルランド問題に関して、国際法に違反する5つの条項を修正・削除したものを提出した。特に3つの条項が問題となり、激論の末、それを下院で否決したのである。賛成356票、反対55票、労働党と自由民主党の議員、そして保守党11人の議員は棄権した。こうして国際法違反の個所は元どおりになったのだ。
ジョンソン政府は「EUとの合意がなされれば、該当部分は削除する」と公約している。しかし保守党の中でも、メイ前首相やコックス元法務長官、北アイルランドの議員など、数名が「合意がなかったら、国際法違反の部分は残り、イギリスの国際的名誉と立場を著しく汚す」として、棄権した。
メイ首相(当時)は、ウソやプロパガンダとはほど遠い誠実な人柄に見えていたし、コックス元法務長官(覚えてますか?)も、手強くて厳しく難しい交渉相手に見えたが、信頼はおける人物と感じさせていた。やはりそうだったのだ。もし今後、まったく逆の流れがイギリスに起きたら、人々は彼らが肝心な場面では筋をとおす強さをもっている、人間として信頼に足る議員だったことを思い出し、何か重要な役割を与えるのではないか。
英国側は、他に状況を有利に運ぶための持ち玉がないのだ。北アイルランドは、いわば人質である。
EU側の反応は、これから出てくるだろう。「合意したら削除します」とは言っても、もう議会は通ってしまった。昨日夜までの「もし合意しないのなら、議会で通しますよ」という状況とは、決定的に異なってしまったのではないか。完全に一線を越えてしまったように見える。交渉に使うつもりなどない、すでに政府は合意なしを決めていて、「合意したら削除します」は、「削除する用意があったのに、EUが拒否した」という言い訳に使うためのセリフに思える。
あと2日もない・・・
それにしても、合意の有無に関わらず、このコロナ禍で大きな不安を国民に与えるジョンソン首相は、国のリーダーとして一体どうなのだろうか。
英国では移行期間延長を禁じる法律をつくってしまっているが、コロナ禍が収まらなかった状況を考えれば、EU側にある程度の延期を依頼すれば、EUも例外的に受け入れたのではないかと思う。
英国民はうんざりしているだろうが、コロナと合意なしEU離脱のダブルパンチよりはマシだろう。EU離脱は、何よりも食料に関わる問題なのだ。筆者は、ジョンソン首相に大きな怒りを覚える。
何百ページに及ぶ沢山の細かい合意の項目と条件を、長い期間に渡って交渉を続けてきた双方の官僚たちは、今の状況をどう思っているのだろうか。
日曜日から双方のチームは交渉に戻ったが、バルニエ交渉官は、ぎりぎりの9日まで交渉を続けるという。
からの記事と詳細 ( 最後の殴り合い。暗雲が覆い尽くすイギリスとEUの交渉:ブレグジット(今井佐緒里) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース )
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